●何事もやり始めるに遅すぎることはない。
自分が「やりたい!」と思った時がベストタイミングだ。
世の中には70歳を過ぎてから小説家になった人だっているし、50歳を過ぎてから絵を描き始めた画家も多い。
僕はときたま、世間の人から顰蹙をかうぐらい、無鉄砲なことをやってみたくなることがある。
世間の批判なんてどーでもいいのだ。
大事なことは、自分の「やりたい!」という意志だ。
「遅すぎる」というのは自分の言い訳だ。
遅すぎることはない、早すぎる冬よりも。
始発電車は行け、闇を切って進め。
僕はまだまだ、人生を語らない。
(この文章の最後は吉田拓郎の「人生を語らず」より引用。)
2014年10月03日
2014年10月02日
ついでに「名倉七海」という女性エアギター世界王者がいるけれど、拓郎の「好奇心」をカバーしてデビュー
「名倉七海」という「エアギター世界王者」がいる。
その見た目の可憐さとエアギターの激しさのギャップが凄いんだけれど(これまた先入観だ)、吉田拓郎の「好奇心」をカバーしてデビューするらしい。
↓
https://www.youtube.com/watch?v=btN7u-5bQ3c
この「好奇心」という歌に、僕は何度、騙され、人を恋し、街を出て、雨に打たれたことか。
本当に、騙されてよかったと今にして、しみじみ、思う、今日、この頃なのでした。
その見た目の可憐さとエアギターの激しさのギャップが凄いんだけれど(これまた先入観だ)、吉田拓郎の「好奇心」をカバーしてデビューするらしい。
↓
https://www.youtube.com/watch?v=btN7u-5bQ3c
この「好奇心」という歌に、僕は何度、騙され、人を恋し、街を出て、雨に打たれたことか。
本当に、騙されてよかったと今にして、しみじみ、思う、今日、この頃なのでした。
僕の毎日の課題
●僕はいろんなことで自分を戒めていることがあるけれど、そのうちのひとつに「先入観を持たない」というのがある。
僕ぐらいの世代になると、そりゃもう、先入観だらけだ。(ということは、新鮮なことが少ない、ってことでもあるけれど。)
「先入観」にもいろいろあり、たとえば「現象」に対する先入観もあるし、「人物」に対しても先入観がある。
僕は仕事柄、人物に対しての先入観を常に戒めている。
「この新入社員はモニターに向いていないな」という先入観が間違えていたり、逆に「この新入社員はモニターで成功するぞ」と思っても、それほどでもなかった、ということもある。
これは、僕に「人を見る目がない」ということでもあるけれど・・・・・・。
ただ、自慢すると、先入観が間違える率は低い。
とは言っても、やっぱり、先入観が無いほうが世の中、面白い。(僕ってさ、何かと言うと、世の中を面白く感じるかどうかで判断しているけれど、これって、案外、大事かもよ、と自己弁護〜〜;)
そろそろ、空が明るくなり始めた。
今日も、街はにぎやなことだろう。
どれだけ、先入観を持たずに、世の中を面白く感じることができるか?
それが僕の毎日の課題です。
僕ぐらいの世代になると、そりゃもう、先入観だらけだ。(ということは、新鮮なことが少ない、ってことでもあるけれど。)
「先入観」にもいろいろあり、たとえば「現象」に対する先入観もあるし、「人物」に対しても先入観がある。
僕は仕事柄、人物に対しての先入観を常に戒めている。
「この新入社員はモニターに向いていないな」という先入観が間違えていたり、逆に「この新入社員はモニターで成功するぞ」と思っても、それほどでもなかった、ということもある。
これは、僕に「人を見る目がない」ということでもあるけれど・・・・・・。
ただ、自慢すると、先入観が間違える率は低い。
とは言っても、やっぱり、先入観が無いほうが世の中、面白い。(僕ってさ、何かと言うと、世の中を面白く感じるかどうかで判断しているけれど、これって、案外、大事かもよ、と自己弁護〜〜;)
そろそろ、空が明るくなり始めた。
今日も、街はにぎやなことだろう。
どれだけ、先入観を持たずに、世の中を面白く感じることができるか?
それが僕の毎日の課題です。
2014年10月01日
劇的な人生の転換期というのは、実はそれほど「劇的に」現れるものではない。
●劇的な人生の転換期というのは、実はそれほど「劇的に」現れるものではない。
普段の何気ない友人との会話の中から、それが現れてくることもある。
今、僕が、自分のこれまでの人生を振り返ってみても、そう思う。
日常茶飯事的なことから、それは始まる。
早い話、このブログだって、もとはと言えば、10年以上もまにヤフーのジオシティという無料ホームページサービスを何気なく始めたことに端を発する。
では、なぜ、ヤフーのジオシティをやり始めたかというと、それはもう、ひとえに「ヒマ」だったからだ。
(あと、本当のことを言えば、会社でホームページ作成の知識が必要になったから。)
それから、ただ、延々と続けているうちに、こんなことになった。
みなさんからすれば、なんのことはないと思うでしょうけれど、これは、僕にとっては「劇的に」人生を変えたことなのです。
だって、毎日、日記を書いて、それを人様に読んでもらおう、なんていう厚顔無恥な私になったしまったのですから。
というほどえ、恥ずかしがっていないけれどね。(ご覧のとおり)
普段の何気ない友人との会話の中から、それが現れてくることもある。
今、僕が、自分のこれまでの人生を振り返ってみても、そう思う。
日常茶飯事的なことから、それは始まる。
早い話、このブログだって、もとはと言えば、10年以上もまにヤフーのジオシティという無料ホームページサービスを何気なく始めたことに端を発する。
では、なぜ、ヤフーのジオシティをやり始めたかというと、それはもう、ひとえに「ヒマ」だったからだ。
(あと、本当のことを言えば、会社でホームページ作成の知識が必要になったから。)
それから、ただ、延々と続けているうちに、こんなことになった。
みなさんからすれば、なんのことはないと思うでしょうけれど、これは、僕にとっては「劇的に」人生を変えたことなのです。
だって、毎日、日記を書いて、それを人様に読んでもらおう、なんていう厚顔無恥な私になったしまったのですから。
というほどえ、恥ずかしがっていないけれどね。(ご覧のとおり)
2014年09月30日
「想い」を共有したい。
自分が好きな音楽を自分が好きな人に聴かせたくなる、ということ、なかった?
僕らの世代だと、「カセットテープ」に吉田拓郎や井上陽水などの「自分が好きな曲」を編集して、それをほのかに想っている人に「無理矢理」手渡したりしてさ。
あるいは、自分の好きな小説や映画を、自分が好きな人に紹介したり。
人間って、誰かと同じ思いを一緒にしたいんだよね。
そんなこと、ない?
(と、今、まさに、僕は僕の想いをあなたと共有したくて、この文章を書いている。)
僕らの世代だと、「カセットテープ」に吉田拓郎や井上陽水などの「自分が好きな曲」を編集して、それをほのかに想っている人に「無理矢理」手渡したりしてさ。
あるいは、自分の好きな小説や映画を、自分が好きな人に紹介したり。
人間って、誰かと同じ思いを一緒にしたいんだよね。
そんなこと、ない?
(と、今、まさに、僕は僕の想いをあなたと共有したくて、この文章を書いている。)
2014年09月28日
人生の楽しさが喜怒哀楽の総量だとすれば
●人生の楽しさが喜怒哀楽の総量だとすれば、いろいろなことに挑戦したほうが人生はより楽しくなります。
(「働き方」の教科書、出口治明)
・・・・・・と言うことらしい。
人生の楽しさとして「怒」や「哀」を入れるのはなんだかしっくりしないけれど、後半の部分は納得がいく。
いろんなことに挑戦したほうがいい。
今まで見えてこなかったものが見えてくる。
僕もオーケストラに入って初めてクラシック音楽の奥深さが分かったし、俳句の「結社」に入ったからこそ、俳句の面白さが初めて分かった。
挑戦して、ダメなら、それはそれでいいさ。
また、別の道を選べばいい。
人生の残り時間が少なくなってくると、本当に、ひしひしと、そう思うね。
(「働き方」の教科書、出口治明)
・・・・・・と言うことらしい。
人生の楽しさとして「怒」や「哀」を入れるのはなんだかしっくりしないけれど、後半の部分は納得がいく。
いろんなことに挑戦したほうがいい。
今まで見えてこなかったものが見えてくる。
僕もオーケストラに入って初めてクラシック音楽の奥深さが分かったし、俳句の「結社」に入ったからこそ、俳句の面白さが初めて分かった。
挑戦して、ダメなら、それはそれでいいさ。
また、別の道を選べばいい。
人生の残り時間が少なくなってくると、本当に、ひしひしと、そう思うね。
2014年09月27日
人はどんな時に「幸福感」を感じるのだろう?
たとえば、「満ち足りた時」だろうか?
それとも、「足りない物を追い求めている時」だろうか?
もちろん、ここで、気の利いた言葉を吐きたいならば、「足りない物を追い求めている時」を言えばいいだろう。(違う?)
でもね、やっぱりね、本音を言うと、「満ち足りた時」だと僕は思う。
ただし、その前に必ず「ハングリー」な時期があり、そして、それから、満ち足りるのだ。
今、TOEICの本を買い漁っている。
以前、まだ我が家の子どもたちが3人とも大学に通っていた頃や、まだ給料が少なかった時は、無駄な出費はできなかった。
でも、今は大学に通っているのは次女の1人。
給料も、まぁまぁ。
こうなると、僕の趣味の「本の収集」が始まる。
もちろん、収集するだけではなく、読むもするのだけど(当たり前だ)。
もし、まだ、あなたが満ち足りていないと思ったら、満ち足りるように努力してみよう。
ただし、物欲が無い人は、精神的に満ち足りた状態を目指そう。
僕はその両方を狙うけれどね。
それとも、「足りない物を追い求めている時」だろうか?
もちろん、ここで、気の利いた言葉を吐きたいならば、「足りない物を追い求めている時」を言えばいいだろう。(違う?)
でもね、やっぱりね、本音を言うと、「満ち足りた時」だと僕は思う。
ただし、その前に必ず「ハングリー」な時期があり、そして、それから、満ち足りるのだ。
今、TOEICの本を買い漁っている。
以前、まだ我が家の子どもたちが3人とも大学に通っていた頃や、まだ給料が少なかった時は、無駄な出費はできなかった。
でも、今は大学に通っているのは次女の1人。
給料も、まぁまぁ。
こうなると、僕の趣味の「本の収集」が始まる。
もちろん、収集するだけではなく、読むもするのだけど(当たり前だ)。
もし、まだ、あなたが満ち足りていないと思ったら、満ち足りるように努力してみよう。
ただし、物欲が無い人は、精神的に満ち足りた状態を目指そう。
僕はその両方を狙うけれどね。
2014年09月26日
人生に対するスンタンス
●世の中には嘘をつく人もいるし、自慢ばかりしている人もいる。
尊大な態度を取る人も多い。
その反面、謙虚で正直者で、だからこそ、世の中を渡っていくのがぎこちない人もいる。
正直すぎるのも、時には、なんだな、と思って、ちょっとだけほろ苦い嘘をついたりすることもある。
人間なんて、そんなもんだ、と僕は、最近、思っている。
昔は直球、ど真ん中ばかりを狙っていたけれど、最近はカーブを覚えたりね。(遅すぎないか?)
でも、まぁ、こういうことって、ひとそれぞれだ。
ライフスタイルというか、人生に対するスンタンスは、みんな、自分が好きなようにとっていいと思う。(他人に迷惑をかけない限り。)
それで、人から嫌われたり、世の中をすったもんだ生きたりしたとしても、それはもう自業自得だよね。
人生は一度きりなんだから。
尊大な態度を取る人も多い。
その反面、謙虚で正直者で、だからこそ、世の中を渡っていくのがぎこちない人もいる。
正直すぎるのも、時には、なんだな、と思って、ちょっとだけほろ苦い嘘をついたりすることもある。
人間なんて、そんなもんだ、と僕は、最近、思っている。
昔は直球、ど真ん中ばかりを狙っていたけれど、最近はカーブを覚えたりね。(遅すぎないか?)
でも、まぁ、こういうことって、ひとそれぞれだ。
ライフスタイルというか、人生に対するスンタンスは、みんな、自分が好きなようにとっていいと思う。(他人に迷惑をかけない限り。)
それで、人から嫌われたり、世の中をすったもんだ生きたりしたとしても、それはもう自業自得だよね。
人生は一度きりなんだから。
2014年09月25日
あなたのライバルは誰?
●人は人生の長いうちの中で、少なくとも1度や2度は「勝負」する場面に出くわすことがある。
そして、どうあがいても太刀打ちできない勝負というのも必ずある。
そんな時、悪あがきでもいいから、少しは、相手に一泡ふかせたい。
そうすれば、次に勝負する時には、相手も油断してこないだろう。(あれ? これって、失敗?)
まぁ、とにかく「完膚なきまで」負けたとしても、「蜂の一刺し」ぐらいしたいよね。
でも、そういうライバルがいること自体は、喜ばないといけない。
何故なら、そのライバルのおかげで、自分が成長できるからだ。
あなたのライバルは誰?
そして、どうあがいても太刀打ちできない勝負というのも必ずある。
そんな時、悪あがきでもいいから、少しは、相手に一泡ふかせたい。
そうすれば、次に勝負する時には、相手も油断してこないだろう。(あれ? これって、失敗?)
まぁ、とにかく「完膚なきまで」負けたとしても、「蜂の一刺し」ぐらいしたいよね。
でも、そういうライバルがいること自体は、喜ばないといけない。
何故なら、そのライバルのおかげで、自分が成長できるからだ。
あなたのライバルは誰?
2014年09月24日
不遇になってしまったと思い込んでいるあなたに
●人はさ、つい、甘い道を進んでいると、これが幸せなんだと安易になる。
しかし、一度、不遇の目に遭うと、今まで知らなかった自分のことやら世界のことが少しだけ見えてくる。
だから、不遇、不遇、と嘆いてばかりいてもどうしようもないので、ここは開き直って、自分と世界の成り立ちを考えてみる。(どうせヒマだから。)
不遇という境地に立たないと気づかないことだってある。
不遇になってしまったおかげで、本当の親友が分かることがある。
不遇も気の持ち方次第だ。
僕はこう見えて、不遇な時代を5年ほど、潜り抜けてきた。
おかげで、今は、何かとタフになっている。
不遇になって初めて知ったこととか、多いものね。
しかし、一度、不遇の目に遭うと、今まで知らなかった自分のことやら世界のことが少しだけ見えてくる。
だから、不遇、不遇、と嘆いてばかりいてもどうしようもないので、ここは開き直って、自分と世界の成り立ちを考えてみる。(どうせヒマだから。)
不遇という境地に立たないと気づかないことだってある。
不遇になってしまったおかげで、本当の親友が分かることがある。
不遇も気の持ち方次第だ。
僕はこう見えて、不遇な時代を5年ほど、潜り抜けてきた。
おかげで、今は、何かとタフになっている。
不遇になって初めて知ったこととか、多いものね。

