2014年10月15日

本物の詩人と詩の必然性

●本物の詩人は、僕たちに、このありふれた世界を、別の切り口で見せてくれる。

良い詩は必ず、飛躍がある。

常識を飛び越えて、世界の真実を僕たちの前に提示してくれる。

詩人は物質的には何も製造してくれないが、物質以上に大切なものを僕たちにプレゼントしてくれる。

詩人という職業は無くても世界は困らないが、個人的には、詩人がいないと人生が無味乾燥になる。

無駄を切り詰めた凝縮された言葉の中に、真実の世界を描く。

これが詩人だ。


posted by ホーライ社長 at 04:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸術について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月14日

物事に失敗した時こそ、多くのことが学べる。

仕事などがうまく行ったときよりも、むしろ、失敗した時のほうが、学ぶべきことが多い、というのは、よくある話だ。

失敗して何も学ばなければ、それはただの「敗北者」だ。

だが、失敗から学べばそれは「将来の成功者」だ。

一番いけないのは、一度の失敗に懲りて、何もチャレンジしなくなることだ。

かつての伝説的なホームラン王だったベーブ・ルースは、自分のホームランの数より、三振の数の方を自慢していた。

何故、三振のほうを自慢していたのかは、自分で考えてみよう。


とにかく、失敗はただの「教訓」だ。

その教訓を生かすべく、今日もまた、新たなことに挑戦していこう。


posted by ホーライ社長 at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事のむずかしさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月13日

今を生きるのは簡単なようで難しいけれど。

現代を真面目に生きるにはちょっと厳しい時代だ。

地球上から戦火を無くしたい、なんて、思って生きていると、とてもじゃないけれど、命がいくつあっても足りない。

だから、適当なところで、自分の強い思いと手を打って、妥協しなが生きている。


生きているということは、世の中が自分の思い通りにならないことをずっと思い知らされ続けることなのだ。

戦争に限らず、恋人のことから、雨漏りのことまで、世の中、自分のおもいどおりならない。

まったく、ままならない。

その中でどれだけ、自分の夢を実現化させていくのか。

僕たちの毎日は、そういう疑問に答えるためにある。


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2014年10月11日

海を見ていると、流れる時間を忘れてしまうことがある。

僕は高校時代、「不良高校生」だった。

僕が通っていた「柏崎高校」は海のすぐ近くに会った。

僕はイチオー学校までいく。(しょぼい原チャリで。)

でも、大抵、授業に出席せずに、海岸に行き、タバコ(ハイライト、のちにセブンスター)を吸いながら、飽きもせず、海を眺め、波の音を聴いていた。

何もかもが挫折していた。

初恋の人とうまくいきそうになった時、高校の親友にとられてしまった。

勉強にもついていけない。

僕はこれから、どうなるのだろう? と海を見ながら、ボーっと、考えていた。

夕日が静かに海に沈んで行くのを見たら、バイクで海岸線を飛ばした。


今は、海から遠く離れた所で暮らしているけれど、今日のように気持ちのいい秋の午後、海を思い出しながら過ごしていると、まるで時間が止まったように感じる。

本当に、時間が止まればいいのに。

posted by ホーライ社長 at 17:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 社長のため息 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月10日

人生を左右するほどの大きな決断って

●人生を左右するほどの大きな決断って、ちょっとしたことで起こることがある。

僕の人生を左右したのは、吉田拓郎の「元気です」というアルバムを聴いたときと、庄司薫の「赤ずきんちゃん気をつけて」を読んだ時と「風の歌を聴け」を聴いたときだ。

大事があったわけではない。

ただの音楽を何気なく聴いたときとか、暇つぶしに読んだ本が僕の人生を左右した。


もちろん、きみと出会ったことが僕の生涯の一番の転換期さ。
posted by ホーライ社長 at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生の生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

誰かを完璧に理解することなんでできるのだろうか?

●誰かを完璧に理解することなんでできるのだろうか?

それは無理だ。

だから、常に僕たちは「ひょっとしたら、この人を誤解しているかもしれない」と思って生きたほうがよい。

自分のことすら完全に理解できないのだから、他人のことなら、なおさらだ。

「誤解しているかもしれない」と思うと、他人に優しくなれる。

「先入観」や「誤解」は免れない。

ただ、理解しようと努めることは怠ってはいけない。

モニターとCRCも一緒だよね。

お互いに理解しようという気持ちが大切だ。

posted by ホーライ社長 at 02:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 社長のため息 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月09日

今を生きる

過去は既に過ぎたもので変えられない。

未来はまだ来ておらず、何もできない。

僕たちが何かができるとしたら、「今」だけだ。

過去を悔やむことなく、未来に不安を抱くことなく、今に集中して生きる。

どう嘆いても、それしかできないのだ。

今を輝きながら生きていれば、それはそれで刹那的かもしれないけれど、人生の過ごし方として正しいと思う。


posted by ホーライ社長 at 05:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生の生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月08日

数学的世界と世俗的世界の好きずき

時々、ふと、真夜中に目覚めた時に思うことがある。

「僕が見ている世界とあなたが見ている世界は同じだろうか?」と。

その考えがさらに進むと、「この世界は僕の精神構造が作った世界で、僕が死ねばこの世界は消えるのではないか?」となる。

でも、それこそ、こんな考えは「ふと」した瞬間だけで、すぐに、こんな考えは打ち消す。

何故なら、この世の中は僕の精神構造が作ったにしては美しすぎるからだ。

「美しい」とは書いたが、それはあくまでも世界の成り立ちの話で、人間の世界は相変わらず、殺戮が繰り返されているひどい世界だ。

この宇宙の成り立ちは「数学」で説明できるようになってきた。

神は数学者なんだろうか?と思うぐらい、この世界は数学的に正しい。

こんなわけのわからないことを考えるのも真夜中に起きて、「ふと」した時だからだ。

朝になればまた世俗的で忙しい世界が僕を待っている。

どっちの世界が好きかと問われれば、どっちもだね、と答えることにしている。
posted by ホーライ社長 at 04:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 社長のため息 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月06日

行動する前に考える?それとも行動しながら考える?ひょっとして、行動すらしない?

僕は40歳代まで「行動しながら考える」「とりあえず、走る。そして、走りながら考える」というスタイルを取っていた。

今ではさすがに「行動する前に考える」ようになってきたけれど、世間様は、そうは思ってくれてなくて、相変わらず、考えもなしに行動していると思われている節があって、まぁ、そのとおりだな、と自分でも情けないことにそう思っている。


でも、世の中には「ため息」だけついて、行動すらしない人も、結構、多い。


僕の好きな言葉に「三流でもいいさ。三流でも、熱ければ上等。」(by アカギ)がある。

世の中、一流の人が世界を動かしているように思われているけれど、実は、この「熱い想いを持った三流」が世界を変えていることのほうが多い。

とにかく、動かなければだめだ。

そして、「やりぬく」。

ため息を3回、ついている間に僕なら世界一周すらできるぜ!

posted by ホーライ社長 at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生の生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

全員が賛成したらやらない

●僕も、もういい歳なので、他人からどう思われているのか、あまり気にしなくなった。

僕は幸か不幸か、小説家でも詩人でも芸術家でもないので、他人から受け入れてもらう必要はない。

よくアーティストなどは、自分のやりたいことをやっていても、それが売れなければ生活ができないと言う。

さりとて、「これは売れるだろう」と思って創った歌などがさっぱり売れなかったりする。

自分のアーティストとしての存在理由を曲げてまで売れたいとも思わないだろう。

難しいところだ。


僕が敬愛する曽野綾子さんが「他人から良い人と思われることをやめると楽です」とよく言われる。

万人から受け入れられるなんて、普通の人にはしょせん無理な話なのだ。

他人の批判を気にして、言いたいことも言えないなんて、窮屈なことだ。

他人に迷惑をかけない限り、自分らしく、自然に振る舞えばいい。


仕事もそうだ。

他の人から気に入られるように、とばかり考えていると、本当にやりたい自分の仕事ができなくなる。

創造性を重視する仕事ではよく、会議で全員が賛成したら、そのアイデアは「ボツ」とするやり方がある。

むしろ、ある程度の「それはどうなんだろう」と言われるぐらいのアイデアのほうが創造性があると考える。

と、そんなことを考えるほど、僕のブログは創造性のかけらも必要としない、自分の思いつきの「垂れ流し」なんだけれどさ。

posted by ホーライ社長 at 04:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事のむずかしさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする