年齢とともに「不満」を言葉にすることが少なくなってきた。
「あきらめる」ことができるようになってきたためだと自分では思っている。
いいことではない。
「不満」がないと「改善」がない。
でも悪いことではない。
神経をすり減らすことが少なくなってきた。
不満、愚痴、ではなく、提案ならいいよね。
でも世間に対する不満なんて、いち個人ではどうしようもないことが多い、と言うか、ほとんどだ。
自分の身の回りの不満ぐらいなら、改善できるかも、と思うといい。
治験の世界に不満はありますか?
2014年08月10日
2014年08月03日
僕が心の底から、心底、思っていることの全てを他人は知らない。
●僕が心の底から、心底、思っていることの全てを他人は知らない。
もちろん、それらの中には知らせるべきものと、知らせないほうがいいものがある。
問題は「知らせたい」のに「伝わらない」ということ。
コミュニケーションは難しい。
僕が言いたいことの3割も相手に通じればいいほうだ。
それぐらいに思っていたほうがいいよ。
そして、ひとたび、自分の心の底にあるものを他人に知らせることで、相手の僕に対する態度が豹変することがある。
仕方がないよね。
僕は僕として正直に心の内を語りかけ、友人はそれを認めてくれない。
よくある話だ。
でも、僕にはどうしても言わなければいけないことがある。
たとえ、友人の関係がまずくなっても人間として言わなくてはならないことがある。
そんな時は諦め半分で本音を言う。
それで、去っていく友人なら、仕方がない、と最近は思うようになったね。
もちろん、それらの中には知らせるべきものと、知らせないほうがいいものがある。
問題は「知らせたい」のに「伝わらない」ということ。
コミュニケーションは難しい。
僕が言いたいことの3割も相手に通じればいいほうだ。
それぐらいに思っていたほうがいいよ。
そして、ひとたび、自分の心の底にあるものを他人に知らせることで、相手の僕に対する態度が豹変することがある。
仕方がないよね。
僕は僕として正直に心の内を語りかけ、友人はそれを認めてくれない。
よくある話だ。
でも、僕にはどうしても言わなければいけないことがある。
たとえ、友人の関係がまずくなっても人間として言わなくてはならないことがある。
そんな時は諦め半分で本音を言う。
それで、去っていく友人なら、仕方がない、と最近は思うようになったね。

