2014年04月29日

自分の『過ち』は『過ち』として認めればいい

科学論文等で不適切な手法を使ったということなど指摘され、もし、それが本当なら、それを認めればいい。

人は自分の過ちを認め、それを恥じることなく謝罪することができるはず。

逆の立場の場合、たとえば「疑わしい」ことを「問う」ような場合もある。

そんな場合も、それを恥じる必要はない。

これは、個人の場合だけではなく、組織や会社の立場であっても同じだ。

疑わしければ、問いただす。

過ちを指摘されたら、それを認める。

こんな単純なことが、今は、できないために、事態を悪化させている。

僕たちはできるはず。

人は完璧ではないのだから。



posted by ホーライ社長 at 03:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 社長の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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